6月3日(火) 3年生道徳授業「卒業文集最後の二行」
3年生の道徳授業では、「卒業文集最後の二行」という資料を通して、いじめを許さない心について考えました。
資料はもう大人になった筆者の苦くつらい思い出です。小学生のころ、クラスに身なり
の汚い女の子がいました。母を亡くし弟ふたりの世話をみています。父は魚の行商をやっています。いつもクラスメイトから「汚い」「くさい」「風呂に入れ」「近寄るな」といじめられています。
小学校6年生のとき、その女の子が筆者の席の隣になりました。彼女の成績は上位でしたが、筆者の方が少し上です。国語の漢字のテストのときです。筆者はどうしても二つわかりません。ふと隣を見ると女の子は正解を書いています。筆者はカンニングをします。テストの結果は、女の子はひとつ間違えて98点、筆者は100点満点でした。女の子は「すごいね」と素直に筆者に感心します。すると周りの子どもたちが、女の子が筆者の答案をカンニングしていい点数をとったのだろうと騒ぎ出します。はじめは黙っていた筆者も、つい調子に乗って「そうだそうだ」と言ってしまいます。女の子は泣き出してしまいました。そして卒業。筆者は卒業文集にのった女の子の作文を読みます。そして最後の二行に息をのみます。「…私が今一番欲しいのは母でもなく、本当のお友達です。そしてきれいなお洋服です」。この二行に女の子の思いのすべてが込められていると、筆者は感じます。筆者は文集を呼んだ日の夜、涙で枕をぬらす———という話でした。
授業では、「私」と「女の子」が卒業後、どのように生きているかを話し合いました。「私はずっと後悔しているんじゃないか。」「女の子はいじめられている人がいたら助けてそう。」「でも人を信用できなくなっているかも。」「『私』がいじめられる側になっているかも。」など、生徒からは様々な意見が出ました。
集団の圧力に負ける人間の心の弱さや醜さは、深い心の傷を生みます。しかし、集団の中で一歩踏み出すことがその克服につながります。生徒にはそのことを自覚し、差別や偏見を人間として集団として許さない態度を育ててほしいと思いました。

